少子高齢化が進み、医療の現場もこれまでの形を保つことが難しくなってきています。高齢者は増え続け、慢性的な病気を抱える人や介護が必要な人も増えています。一方で、医師や看護師などの医療スタッフは減少し、働き手の確保も年々厳しくなっている状況です。
さらに、地域によっては病院そのものが維持できず、統合されたり、閉院せざるを得ないケースも出てきています。これまでは『困ったら病院へ行けばなんとかなる』と言う前提で私たちは暮らしてきましたが、その前提がこれからは崩れていくかもしれません。
つまり、必要な人は増えるのに、支える人は減っていく。そして、支える側の負担が限界を越えれば、医療は『誰にでも無制限に提供できるもの』ではなくなっていく。そんな未来が、すぐそこまできています。だからこそ、医療のかたちは少しずつ変わっていきます。『治す』ことを最優先にする医療から、『予防しながら、病気とうまく付き合っていく』医療へ。
医療に全てを委ねるのではなく、自分の体や生活をどう整えるか、自分らしい健康との付き合い方を見つけていくことが大切になっていきます。私たち一人ひとりが、”医療に頼りすぎない生き方”をそろそろ意識し始める時期なのかもしれません。
自分にとっての”ちょうどいい医療”を選ぶ時代へ

医療がこれまでの形を保てなくなるということは、『治療はとにかく受けるもの』『病院へ行けば全部なんとかしてもらえる』といった考え方を変えなければいけない時期がきたということでもあります。40・50代のうちは、仕事も忙しく、何かあれば早く治して元気に戻ることが最優先になります。そのステージでは治療のメリットが大きく、積極的な医療介入が必要な場面も多いでしょう。
一方で、年齢を重ねるほど、病気の種類や治療の負担、生活の質(QOL)の考え方が変わっていきます。進行がゆっくりな病気や、持病として長く付き合うものは、治すことだけをゴールにせず、『どう生きたいか』を軸にした医療選択が大切になります。強い治療をすれば確かに病気は抑えられるかもしれません。でも、体がしんどくなったり、生活が思うように送れなくなったりすることもあります。
だからこそ、『治すために何をするか』だけでなく『自分らしく生きるために何を選ばないか』この視点が、これからますます重要になっていきます。医療が変わるということは、私たち自身の価値観も更新するタイミングに来ている、ということなのかもしれません。
信頼できる『かかりつけ医』を持つという備え

医療資源が限られていくこれからの時代、一番頼りになるのは”自分を長くみてくれる人”です。体調を崩してから病院を探すのではなく、普段から気軽に相談できる医師がいるだけで、受けられる医療の質は大きく変わります。かかりつけ医がいることで、
・自分の体の特徴や変化を継続的に把握してくれる
・不必要な検査や治療を避けられる
・必要な時は専門医へすぐつないでもらえる
・将来の治療方針や生活のことまで相談できる
そして何より、体や医療の不安を抱えたときに、”ひとりじゃない”という安心が生まれます。病院が減り、専門医が捕まりにくくなる未来だからこそ、”つながり”があることそのものが大きな備えになります。
50代が今から備える意味

50代になると、親の医療や介護に向き合う場面が一気に増えてきます。通院の付き添い、薬の管理、急な入院の対応、医師との面談・・。どれも初めてのことばかりで、戸惑いながらも必死に対応していくうちにふと気づく瞬間があります。『あれ?いずれは自分もこういう選択をしながら生きていくのかもしれない』。親の介護を見守る経験は、未来の自分の姿を遠くから眺めるような時間でもあります。どんな治療を受けるのか、どこで暮らしたいのか、誰に相談したいのか。そのひとつひとつが突然”自分ごと”として迫ってくる年代が、まさに50代なのだと思います。
さらに、これからの医療は、少子高齢化による大きな変化が避けられません。病院の統合や閉院、地域による医療格差、医師や看護師の不足・・。『必要なときに当たり前に医療が受けられる』という時代ではなくなりつつあります。だからこそ、50代の今、”自分の医療をどう選ぶか”考え始めることには、とても大きな意味があります。なぜなら、今はまだ、体力・判断力・選択肢の全てがそろっているから。60代・70代になってから備えようとすると、体力の衰えや持病の増加、判断の迷いが大きくなることも少なくありません。選択肢が多いのは、まさに今の年代だからこそなのです。
親の医療をサポートして感じた『こうしてあげたかった』『こうしておけばよかった』という経験は、そのまま”未来の自分を助けるヒント”になります。
たとえば、
・どんな医師が信頼できると感じたか
・病気になったとき、どんな説明があると安心できるのか
・治療よりも暮らしの質が大事な場面があること
・病院任せにすると本人の意思が置き去りになりやすいこと
こうした”気づき”は、親の医療をとうして自然に学べることです。そして、それらを自分に引き寄せてみると、『自分はどう生きたいのか』『どんな医療を望むのか』という問いにつながっていきます。未来の医療がどう変わろうと、私たちには”選ぶ力”があります。それは特別な知識ではなく、『自分の価値観を持つこと』から育まれます。
治療を優先したい時もあれば、生活の質(QOL)を守りたい時もある。延命ではなく、痛みの少ない穏やかな日々を臨むこともある。自然に過ごしたい時もあれば、最先端医療に希望を持つ時もある。どれも間違いではないし、誰かが決めつけるものでもありません。でも、その”選択”は、元気なうちに考えておくほど、未来の自分を助けます。親を支える中で感じた違和感、不安、願い。それらはすべて、あなた自身の人生を整えるヒントです。
50代は、人生の後半を自分らしく生きるための”準備の時間”。どんな医療が受けられる時代になったとしても、『私はこう生きたい』『私はこう選びたい』と言える自分でいるために。今だからこそできる備えを、少しずつ、自分のペースで積み重ねていく。それが、未来のあなたをいちばん安心させる贈り物になるはずです。
医療とどう付き合うか、自分で選べる時代へ

医療のかたちが変わることは、私たちにとって後ろ向きなことばかりではありません。これからは、医療者に委ねるだけでなく、自分の価値観で医療を選び、人生をつくっていくそんな時代が訪れようとしています。
・どんな治療を受けたいのか
・どんな暮らしを守りたいのか
・どんな未来を大切にしたいのか
その答えは人それぞれ。だからこそ、医療の知識を少しずつ身につけ、自分にとっての”正しい選択”をできるようになることがこれからの人生の土台になります。医療に頼りすぎず、でも必要なときにはきちんと頼れる。そんなバランスの良い関係を、自分のペースで築いていきましょう。
地域によって”受けられる医療”が変わる未来へ
人口の多い都市部では、専門医や高度な医療が揃っている一方で、過疎地や地方では医師不足や病院の統廃合がさらに進み、必要な医療をすぐに受けられない地域が増えていくと言われています。これは決して他人事ではなく、『どこに住んでいるか』で医療体制が大きく変わる未来が静かに近づいているということです。もちろん、こうした話はどうしてもネガティブに聞こえてしまいます。でも、未来がどう変わったとしても、私たちが”より良い選択”をできる準備をしておくことは、どんな時代にも希望につながります。
未来がどう変わっても、”選べる私”でいるために

医療が変わり、住んでいる場所によって受けられる医療が違う時代になったとしても、私たちにはできることがあります。それは考え方を自由にしておくこと。そして選択肢を持っておける自分でいること。
・どこまで治療したいか
・どんな暮らしを守りたいか
・誰とどの地域で暮らしたいか
・どんな医療者とつながっておきたいか
こうした価値観を前もって考えておけば、状況が変わったときにも『自分にとって最善の選択』ができるようになります。医療が変わる未来は、”自分らしい人生を選べる力を育てるチャンス”とも言えるのです。
どんな時代が来ても、自分の人生を主体的に選べるように
医療はますます『選ぶ時代』へと向かっています。地域差があり、医療資源が限られていく世の中だからこそ、私たち自身が『どういきたいか』『何を大切にしたいか』をもっておくことは、とても大きな力になります。ネガティブな未来を想像して備えるのではなく、どんな未来が来ても、自分の人生を主体的に選べるようにしておく。その考え方こそ、これからの医療の変化と上手に付き合うための軸になるはずです。
まとめ

医療が大きく変わっていくこれからの時代。その変化は決して避けられないもので、地域格差や人手不足など、私たちの暮らしに影響する場面も増えていうでしょう。でも、その変化をただ不安に感じる必要はありません。50代の今は、体力も判断力も選択肢もまだしっかり手の中に残っている”準備のしやすい時期”。親の医療を支える経験を通して見えたもの、気づいたこと、感じた違和感や願いは、未来の自分の人生を整えるためのヒントになります。
どんな医療を選ぶのか。どんな暮らしを守りたいのか。どこで、誰と、どんなふうに暮らしたいのか。これらを少しずつ考えておくことは、”医療が変わる未来”ではなく、”自分の人生を自分で選べる未来”を作るための準備です。医療が過度に頼れなくなる時代だからこそ、私たちは『どう生きたいのか』を自分の軸で選び、納得のいく選択ができる力を育てていくことが大切になります。未来はまだ誰にもわかりません。けれど、備えておくことで、未来の自分を安心させることはできる。今日の小さな気づきが10年後のあなたを穏やかに支える力になりますように。